カシアス内藤 エピソード

カシアス内藤さんは、日本の元プロボクサーで、東洋ミドル級王者になったことがあります。

そのリングネームは、モハメド・アリの改名前の名前「カシアス・クレイ」からとったもので、アリと対面した際に承諾を得ているそうです。

カシアス内藤さんは、自分の曲になったと知らなかった「チャンピオン」という名曲のモデルです。

この曲は、歌手の谷村新司さんが、作家の沢木耕太郎さんとカシアス内藤さんの復帰を目指す姿を見て感動して作ったものです。

カシアス内藤さんは、沢木耕太郎さんとカラオケに行って、「チャンピオン」を歌おうとしたときに、「それ君の歌だよ」と言われて初めて知ったそうです。

カシアス内藤さんは、咽頭がんを患って余命3か月の宣告を受けましたが、抗がん剤を飲まずに摂生に努めて8年以上生存しています。

その間に、自分のボクシングジムを開設し、長男と次男もプロボクサーになりました。

長男の内藤律樹さんは、日本スーパーフェザー級王者になり、親子日本王者の快挙を成し遂げました。

カシアス内藤さんは、2007年に内藤大助さんと亀田大毅さんのWBC世界フライ級タイトルマッチの翌日、同じ内藤姓ゆえにジムに10本以上の電話がかかってきたことがあります。

電話の内容は、勘違いや「同じ内藤さんとしてどう思いますか」というものでした。

なお、内藤大助さんとは血縁関係はないそうです…