渡瀬恒彦さんは、日本の俳優・タレントとして多くの功績を残しました。
・映画界での功績
1970年に映画「殺し屋人別帳」で主役としてデビューし、以後数々の東映映画に出演しました。
特にアクション映画では、自らスタントをこなし、命がけの演技を見せました。
1978年には「赤穂城断絶」「事件」でブルーリボン賞、日本アカデミー賞、キネマ旬報等の助演男優賞を受賞しました。
1979年には松竹映画「震える舌」「神様のくれた赤ん坊」でキネマ旬報の主演男優賞を受賞しました。
その他にも「皇帝のいない八月」「セーラー服と機関銃」「南極物語」「天城越え」「敦煌」など、多彩な役柄で名演を披露しました。
・テレビ界での功績
テレビドラマでも活躍し、1978年には「大激闘マッドポリス’80」で主演を務めました。
1985年にはNHK大河ドラマ「真田太平記」で真田幸村役を演じ、高い評価を得ました。1
992年からは「十津川警部シリーズ」「タクシードライバーの推理日誌」などの人気ミステリー作品に主演し、視聴者に親しまれました。
2002年からは「おみやさん」シリーズで鑑識官役を演じ、2017年まで15年間続けました。
2006年からは「警視庁捜査一課9係」シリーズでベテラン刑事役を演じ、2017年まで11年間続けました。
その他にも「おしん」「炎立つ」「ちりとてちん」「そして誰もいなくなった」など、多くのテレビドラマに出演しました。
※芸能界で最も喧嘩が強い
渡瀬恒彦さんは芸能界で最も喧嘩が強いと言われている俳優さんです。
彼の喧嘩の武勇伝は数々ありますが、代表的なものは以下のようなものです。
・安岡力也さんと
安岡力也さんと喧嘩になったときは、東映会館裏の駐車場で圧倒的な強さで叩きのめしたこと。
安岡さんは元キックボクサーで身長が187センチもありましたが、渡瀬さんは空手の有段者で、体格差をものともしませんでした。
・松田優作さんと
松田優作さんと喧嘩になったときは秒殺でKOしたこと。
松田さんは渡瀬さんに対して「お前、俺のこと知らないのか?」と言って挑発しましたが、渡瀬さんは「知らないし、知りたくもない」と言って一撃で倒しました。
・岩城滉一さんと
岩城滉一さんをボコボコにしたことがあること。
岩城さんは渡瀬さんに対して「お前、俺のこと知ってるか?」と言って挑発しましたが、渡瀬さんは「知ってるけど、どうした?」と言って反撃しました。
・ガッツ石松さんには
ガッツ石松さんには「恒(ツネ)さん」と呼ばれ、喧嘩が強いと言われる他芸能人が出てくると、「恒さんに比べれば大したことがない」と言わしめること。
ガッツさんは元プロボクサーで、渡瀬さんに対して敬意を払っていました。
・梅宮辰夫さんには
芸能界のドン、梅宮辰夫さんから喧嘩は渡瀬恒彦さんが最強とお墨付きを得ていたこと。
梅宮さんは渡瀬さんに対して「お前は俺の弟分だ」と言って、仲間に入れてくれました。
渡瀬恒彦さんは、芸能界の中でも恐れられるほどの喧嘩の強さを持っていました。
しかし、彼は喧嘩好きではなく、正義感や情に厚い人物でした。
友人を助けるために事務所に一人で乗り込んだり、事故で重傷を負っても気丈に振る舞ったりするなど、男気のあるエピソードも多くあります…


