大学は東京でしたが、入学してから本格的にフォークソングの活動を始めました。大学2年の時に、同じ高校出身の同級生と仲間達が新しいフォークサークルを作ろうとしていました。大学の正式なサークルです。それに私も参加しました。1期生になります。
このサークルは、今現在も続いており、かなり有名になっています。私が4年の時に入ってきた1年生は、後にバンドでメジャーデビューして、ソロになってからヒットも出しました。たしか中森明菜さんや、吉川晃司さんなどにも楽曲を提供していますね。
当時は歌の上手い後輩とフォークデュオを結成して活動していました。私はリードギターと一部コーラスを担当していました。2人で演奏する場合は、2人がコードストロークだけでは全然つまらないです。イントロや間奏では、メロディーを弾くとグレードアップします。できれば、間奏ではアドリブ演奏をしてぐっと盛り上げたいですね。
サークルの練習日以外にも、毎日のように練習していましたね。私達のレパートリーは、オリジナル曲でしたので、曲作りも常に行っていました。環境も良かったかもしれないし今と違って頭も柔軟だったので以外と曲は沢山できました。良い曲も一杯ありましたよ。
大学祭でのコンサートでは、それなりに評判は良かったです。本当は良いギーターが欲しかったですね。当時はマーチン社のD45は60万円位、ギブソン社のハミングバードは80万円位したと思います。夏休み全部アルバイトしても当時は10万円位しか稼げませんでした。
普段の日もバイトして、無理してでもD45を買っておけば良かったと思います。何故かというと、後に社会人になってしばらくして、エレキアコースティックギターを、御茶ノ水の楽器店に買いに行きました。D45が単独で中央のガラスケースに飾ってありました。
最初値段を見た時は120万円だと思いました。ところが、もう一度ゼロを数え直してみたらなんと1,200万円でした。芸能人が時々買っていくといっていましたね。あの時買っておけば良かった~ 勉強のほうは単位を落とさないようにしましたが、いわゆるオイルショックで就職が大変なことになってしまいました…


