前に村下孝蔵さんのことを書きましたが、一番大好きなアーティストです。彼は46歳という若さでなくなってしまいましたが、1953年2月28日年生まれですから生きていれば、2017年で65歳になります。南こうせつさんや、さだまさしさんをはじめまだまだ第一線でコンサートをされている方が沢山います。
村下さんの新曲聴きたかったですね。村下さんは、広島の楽器店でピアノの調律師をしていた経歴があり、絶対音感の持ち主だったのでしょうね。その頃の失恋体験が元になって、後にアルバム 汽笛がきこえる街の「松山行きフェリー」や、アルバム 夢の跡の「夢の跡」ができたようです。
仕事の傍ら、広島市内のホテルのラウンジでギターノ弾き語りなどで地道に音楽活動をしていたようです。1979年、当時のCBSソニーの全国オーディションに応募し、グランプリを獲りました。そして、1980年27歳の時に、シングル「月あかり」でデビューしました。
でも、デビューまでは紆余曲折があったようです。この頃は、フォークブームに陰りがみえてきており、また村下さんは年齢を重ねていたこともあり、村下さんの将来性を巡ってはCBSソニー社内でも意見が分かれたようです。
デビュー後村下さんは、伝説の名器マーティンD-45を購入しています。羨ましいです~デビュー曲はあまり売れませんでしたが、1981年の2枚目のシングル「春雨」はチャートの最高位58位、1982年発売の「ゆうこ」は、チャート最高位23位を記録しています。
この「ゆうこ」は、この時期に結婚していた画家の船田玉樹氏の娘、つまり奥さんの名前でした。大好きな曲ですが、曲中にこの名前はひとことも出てきません。とても悲しいスローバラードなのですが、離婚していたからなのでしょうね。その後再婚しています。
「松山行きフェリー」や「夢の跡」もそうなのですが、甘く切ないメロディーと的確な情景描写に自分の思いを乗せてくるスタイルが、ぐっときてしまいます。1983年リリースした5枚目のシングル「初恋」は、オリコンで最高3位を記録する大ヒットになりました。皆さんご存知の通りです。1992年のシングル「ロマンスカー」が最後の曲になりました。


