朝ドラ「ばけばけ」のモデルである小泉セツが、ラフカディオ・ハーンの住み込み女中となった背景には、彼女の極度の経済的な困窮と、ハーン側が住み込みの世話役を必要としていた事情が深く関わっています。
以下に、できるだけ詳しくその事情を説明します。
■小泉セツ側の事情:極度の困窮と家族の扶養
セツ(旧姓:稲垣セツ)は、元松江藩士の家系に生まれましたが、明治維新後の士族の没落に伴い、家は極めて困窮していました。
〇実家の没落と困窮
セツの父・小泉湊の興した織物会社が倒産するなど、家は困窮を極め、粗末な家に住まざるを得なくなりました。
父は早世し、セツが19歳の頃には、頼みの綱であった父を失い、家計はさらに悪化しました。
〇最初の結婚と破綻
婿養子を迎えて結婚しましたが、夫は貧しさに耐えかねて出奔し、セツは22歳頃に正式に離婚して実家に戻りました。
〇家計を支える必要性
彼女は、病気がちの母や祖父母など、4人もの扶養家族を抱えており、家業の機織りだけでは生活が立ち行かない状況でした。
〇背水の陣の決意(「洋妾」の覚悟)
生活を維持するためには外に働きに出るしかなく、住み込みで働くことは、当時、高額な賃金を得られる代わりに、大きな汚名も伴う選択でした。
特に、外国人男性(ハーン)の住み込み女中となることは、世間から「洋妾(ようしょう)」や「ラシャメン」といった蔑称で呼ばれ、現地妻と見なされる社会的偏見や非難を受ける覚悟が必要でした。
それでも、凍死も頭をよぎるほどの厳しい寒さの中、家族を養うために、この仕事を引き受ける決意を固めたとされます。
■ラフカディオ・ハーン側の事情:住み込み女中の必要性
ハーンは明治24年(1891年)、英語教師として松江に赴任しました。
当初は旅館(富田旅館)に滞在していましたが、すぐに住み込みの世話役が必要になります。
〇体調不良と世話の必要性
ハーンは寒さに弱く、松江で初めて迎えた冬の豪雪で風邪をこじらせ、体調を崩して寝込んでしまいました。
旅館の女将や女中が世話をしていましたが、旅館との兼務では十分な世話ができず、ハーン自身も旅館に世話になり続けることに煩わしさを感じていました。
〇住み込みの女中探し
ハーンは生活の面倒を見るため、旅館の世話とは関係なく、家で常時働いてくれる住み込みの女中を求めるようになりました。
当初は、旅館の女将ツネの紹介で中年女性を雇う予定でしたが、何らかの事情でキャンセルされ、女中探しに苦労していたようです。
〇セツの紹介
そこで、旅館の女将ツネなどを通じて、生活に困窮していた士族の娘であるセツが紹介され、ハーンの住み込み女中として働くことになったのです。
このように、セツの切実な生活苦と家族への孝心、そしてハーンの異国での孤独な生活と体調管理の必要性という、それぞれの事情が重なり合い、二人の運命的な出会いが実現しました。
結婚に至った経緯
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小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が、住み込み女中と雇い主という関係から結婚に至った背景には、二人の間に芽生えた精神的な共感と、ハーンの日本文化への深い関心がありました。
1. 運命的な出会いと異文化コミュニケーション(1891年1月頃)
セツがハーンの家に住み込み女中として働き始めた当初、二人の間に言葉の壁はありました。
ハーンは日本語がほとんど理解できず、セツは英語を知りませんでしたが、彼らは片言や身振り手振りで意思疎通を図ろうと努力しました。
*セツの「語り部」としての才能の発見
ある時、セツはかつての夫から聞いた話や、日頃から好んで集めていた出雲地方の日本の古い民話、伝説、怪談を、ハーンに語って聞かせます。
セツは物語を語る才能に恵まれており、ハーンは彼女が語る「怪談話」に強く引き込まれました。
*ハーンの共感と称賛
ハーンは、セツの語る物語をメモし、熱心に耳を傾けました。
彼は、セツの昔話が自身の日本文化探求のテーマと深く結びついていることを理解し、セツを「あなたは私の手伝いできる人です」と大いに喜び、その才能を高く評価しました。
この「物語」の共有が、二人の間に国籍や言葉を超えた精神的な絆を生み出しました。
*年齢差と共通点
セツは当時23歳頃、ハーンは41歳頃で、年齢差は18歳でしたが、二人は幼少期に親との離別や貧困を経験するなど、不遇な生い立ちという共通点を持っていました。
この共通の背景が、お互いに深い共感を抱く土壌となったともいわれます。
2. 世間の偏見とハーンの決断
住み込みで働き始めて数か月後、二人の関係は急速に深まりますが、世間はセツのことを「洋妾(ようしょう)」と噂し、偏見の目にさらしました。
*セツへの配慮と愛情
この世間の冷たい視線からセツを守りたいという気持ちと、彼女の純粋さ、優しさ、そして物語の語り部としての才能への愛情から、ハーンは正式な結婚を決意します。
*再婚(事実婚)の成立
ハーンはセツと出会う前にアメリカで一度結婚(後に離別)しており、セツも一度離縁しています。
ハーンがセツにプロポーズし、1891年(明治24年)の夏ごろには、正式な手続きを経る前に、内輪の結婚式を執り行い、事実上の夫婦となります。
3. 正式な結婚と改名
その後、二人は法的な夫婦関係を確立し、ハーンはセツの姓を名乗る決断をします。
日本国籍の取得と改名(1896年) 結婚から数年後の1896年(明治29年)、ハーンは日本での永住と家族(長男・一雄も誕生していました)を守るため、日本国籍を取得し、セツの実家である小泉家を継ぐ形で小泉八雲(こいずみ やくも)と改名しました。
これにより、セツは晴れて小泉セツとして八雲の正妻となりました。
セツは、女中という立場から、八雲文学の「物語の源泉(ストーリーテラー)」、そして精神的な支えとなる妻へと変わり、八雲の創作活動を生涯にわたって支えることとなりました。

