小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の名作『怪談(Kwaidan)』は、単なる日本の昔話の翻訳ではありません。
そこには、アイルランドやギリシャの血を引く八雲の文学的感性と、妻の節子(小泉セツ)による献身的な語り、そして二人の間に育まれた独自のコミュニケーションが生み出した「共同作業の結晶」という側面があります。
その成立背景と共同作業のについて説明します。
1. 『怪談』の成立背景:失われゆく日本への哀惜
1904年に出版された『怪談』は、八雲の没年に刊行された実質的な絶筆に近い作品です。
・文明開化への違和感
明治政府が進める急速な西洋化(文明開化)によって、古き良き日本の伝統や「目に見えないもの」への畏敬の念が失われていくことに、八雲は強い危機感を抱いていました。
・再話文学としての確立
八雲は単に物語を記録するのではなく、自身の西洋文学的素養を融合させ、文学作品として「再話(retelling)」することを目指しました。
これにより、日本固有の物語が世界共通の美意識や恐怖心に訴えかける普遍性を獲得しました。
2. 妻の節子との共同作業:物語を紡ぐ独自の手法
八雲は日本語の読み書きがほとんどできず、節子も英語が堪能ではありませんでした。
しかし、二人は「ヘルンさん言葉」と呼ばれる、平易な日本語を中心とした独自の家庭内言語を作り上げ、それを通じて物語を共有しました。
〇物語を「聴き取る」プロセス
八雲は節子に対し、古本屋などで見つけてきた江戸時代の草双紙や怪談集を読み、それを「語り聞かせる」よう依頼しました。
1).節子の読み込み
節子はまず自分一人で原典を読み込み、物語の核心や「恐ろしさ」「哀れさ」を感じるポイントを整理しました。
2).語り聞かせ
ろうそくの火を落とした薄暗い部屋で、節子が八雲に語ります。
彼女は単に筋を伝えるだけでなく、八雲の反応を見ながら、表情や声のトーンを工夫して演じるように語ったとされています。
3).八雲の執筆
八雲は節子の語りの中から「自身の魂に響く要素」を拾い上げ、英文で執筆しました。
執筆中、八雲は節子に何度も細かな描写を確認しました。
例:「その時、女の顔はどんな様子でしたか?」「どんな風に泣きましたか?」
〇「本を見る、いけません」
節子の回想録『思い出の記』には、八雲が物語の核心を掴むために、あえて原典の文字に頼らず、節子の「声」と「感情」を通じて物語を受け取ろうとした様子が記されています。
彼は、文字による情報よりも、節子が解釈し肉声化した物語に宿る「真実味」を重視したのです。
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3. 主要作品に見る共同作業の影響『怪談』に収録された代表作には、節子の協力なくしては生まれなかったものが多くあります。
*耳なし芳一
節子が語った「琵琶法師」の怪談がベース。
八雲は芳一が経文を体に書かれるシーンの視覚的な恐ろしさを、節子との対話から膨らませました。
*雪女
武蔵の国(東京都・埼玉県付近)に伝わる伝承を節子が八雲に伝えました。
節子の表現力が、雪女の冷徹さと美しさの描写に大きく寄与しています。
*ろくろ首
節子が読んだ古書の内容を八雲が独自の解釈で再構成。
首が離れる際のグロテスクさと悲哀を追求しました。
4. 共同作業がもたらしたもの
この二人の作業は、単なる「取材と執筆」の関係を超えていました。
・異文化の翻訳
節子が「日本人の心」で解釈した物語を、八雲が「西洋の論理と美学」で再構築したことで、『怪談』は世界中で愛読される文学的地位を確立しました。
・心の結びつき
視力が弱く、孤独を感じがちだった八雲にとって、節子の語る怪談の世界は、夫婦の深い精神的な交流の場でもありました。

