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小泉八雲 熊本滞在中 執筆した作品

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が熊本に滞在した1891年から1894年までの約3年間は、彼が「日本の精神」をより深く考察し、西洋へ発信する重要な転換期となりました。

第五高等学校(現在の熊本大学)の英語教師として赴任した彼は、質実剛健な熊本の土地柄に触れ、いくつかの重要な作品を残しています。

■熊本滞在中に執筆・着想された主な作品
八雲の代表的な紀行文集『知られぬ日本の面影(Glimpses of Unfamiliar Japan)』の後半部分や、『九州から(Out of the East)』には、熊本での体験が色濃く反映されています。

1. 「知られぬ日本の面影」より
この作品集の中には、熊本の五高での生活や、学生たちの純粋な気風を称賛する記述が多く見られます。

彼は、西洋化が進む中でも失われていない日本の「古き良き道徳心」を、熊本の学生たちの中に見出しました。

2. 「ある保守主義者(A Conservative)」
熊本時代の教え子や周囲の人々をモデルにしたと言われる作品です。

急速な西洋化に直面し、伝統的な価値観と新しい時代の波の間で葛藤する日本人の精神世界を、鋭い洞察力で描き出しています。

3. 「石仏(Stone Spirits)」
熊本市内の寺院や路傍にある石仏に深い関心を寄せ、それらに宿る日本人の信仰心や死生観について考察したエッセイです。

■阿蘇への旅:自然への畏怖
1892年(明治25年)の夏、八雲は同僚とともに阿蘇を訪れました。

この旅の記録は『アソの山(Asosan)』という紀行文にまとめられています。

*五岳の景観
彼は阿蘇の広大な外輪山と、噴煙を上げる中岳の姿に圧倒されました。

その荒々しくも神々しい風景を「世界の終わりのような、あるいは世界の始まりのような光景」と表現しています。

*精神的な体験
単なる観光ではなく、火山という巨大な自然の力に対して日本人が抱く「畏怖の念」を、宗教的な視点から分析しました。

■三角(みすみ)への旅:名作「夏の日の夢」
八雲が長崎へ向かう途中に立ち寄った三角での体験は、短編「夏の日の夢(A Conservative / A Dream of a Summer Day)」として結実しました。

*浦島太郎の伝説
三角の港町(三角西港)にある旅館「浦島屋」に宿泊した彼は、そこで聞いた浦島太郎の伝説と、自身の旅の情景を重ね合わせました。

*ノスタルジー
穏やかな海、潮の香り、そして旅館の美しい佇まいに、彼はギリシャ時代の追憶や、時が止まったかのような幻想的な感覚を覚えたと記しています。

*補足
現在、三角西港(世界文化遺産)には、八雲が宿泊した旅館「浦島屋」が復元されており、当時の雰囲気を味わうことができます。

小泉八雲にとって熊本は、松江での「理想郷」のような体験とは異なり、より現実的で力強い日本の姿を学ぶ場所であったと言えます。

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■当時の第五高等中学校(後の第五高等学校、現在の熊本大学)
単なる知識の伝達場所ではなく、次世代の指導者を育成するための極めて厳格かつ情熱的な教育の場でした。

その教育方針や校風について、主要なポイントを説明します。

1. 「剛毅木訥(ごうきぼとつ)」の精神
五高の校風を象徴する言葉として「剛毅木訥」が挙げられます。これは、意志が強く屈せず、飾り気がなくて口数が少ないことを良しとする、質実剛健な武士道精神に近い価値観です。

*反・華美
当時の学生たちは、着古した制服や破れた帽子(ボロ羽織、ボロ袴)を「質素の証」として誇るような、一種のバンカラ文化を形成していました。

*八雲の視点
都会的で洗練されすぎた東京の学生とは異なり、熊本の学生たちが持つこの無骨で純粋な精神を、八雲は「真の日本の美徳」として高く評価しました。

2. 初代校長・嘉納治五郎の影響
八雲を五高に招いたのは、柔道の創始者としても知られる嘉納治五郎校長です。彼の教育理念は五高の土台となりました。

*文武両道
知力だけでなく、身体を鍛え、道徳心を養うことを重視しました。

*知徳体の調和
嘉納は「精力善用」「自他共栄」を掲げ、個人の能力を社会のために役立てる人材育成を目指しました。八雲もこの「精神的な修養」を重んじる教育方針に深く共鳴していました。

3. 八雲自身の教育スタイル
八雲は英語の授業を通じて、単なる語学以上のものを伝えようとしました。

*精神の交流
八雲は教科書の内容以上に、文学や歴史、そして「人間の感情」について語ることを好みました。彼は学生たちを「紳士」として扱い、彼らの誠実さに絶大な信頼を寄せていました。

*厳格さと愛情
授業は真剣そのものでしたが、学生が困難に直面しているときは親身になって相談に乗るなど、師弟間の結びつきが非常に強いものでした。

■五高・龍田寮での生活と教育
全寮制に近い形で行われた教育は、学生たちの連帯感を強めました。

・自治精神
学生たちによる自主的な管理・運営が重んじられました。

・全人的教育
教室での講義だけでなく、運動会や遠足、寄宿舎での生活すべてが教育の場でした。

・国際性
八雲のような外国人教師を招き、最先端の西洋知識を取り入れつつ、魂は日本古来のものを維持する「和魂洋才」が実践されました。

八雲は熊本を去る際、五高の学生たちに向けて「さらば、日本の紳士たちよ」という言葉を残したと伝えられています。

彼にとって五高は、近代化の荒波の中で日本人が守るべき「誇り」が息づいている場所でした。