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春川恋町の生涯 蔦屋重三郎との関係

大河ドラマ「べらぼう」で岡山天音さんが演じる春川恋町(倉橋格)は、江戸時代中期の戯作者であり、黄表紙というジャンルを開拓した人物です。

彼は武士でありながら、絵師や戯作者、狂歌師としても活躍しました。

春川恋町の生涯
・武士としての顔
延享元年(1744年)に紀伊田辺藩士 桑島九蔵の次男として生まれ、後に駿河小島藩士 倉橋勝正の養子となり、「倉橋格(くらはしいたる)」と名乗ります。

小島藩では中小姓、小納戸、取次、側用人、用人、年寄といった要職を歴任し、真面目な仕事ぶりで評価されていました。

・戯作者、絵師としての顔
鳥山石燕に絵を学び、自らも挿絵と文章の両方を手掛ける戯作者となります。

藩邸のあった小石川春日町と、浮世絵師の勝川春章になぞらえて「恋川春町」という筆名を名乗りました。

・「黄表紙」の祖
1775年(安永4年)に発表した自作自画の『金々先生栄花夢』が大ヒットし、後の「黄表紙」と呼ばれる絵を主軸とした画期的なジャンルを開拓しました。

この作品は、金銭至上主義を風刺した内容で、江戸の庶民から熱狂的な支持を得ました。

・狂歌師としての顔
「酒上不埒(さけのうえのふらち)」という狂歌名で狂歌の世界でも活躍し、自ら一派を立てるほどでした。

蔦屋重三郎との関係
恋川春町と蔦屋重三郎は、江戸の出版文化を牽引する重要な協力関係にありました。

・出会い
蔦重がまだ一介の貸本屋だった頃、春町は盟友である戯作者の朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)とともに活動していました。

二人の出会いは、朋誠堂喜三二の仲介によるものでした。

・協力関係の始まり
1773年(安永2年)には、喜三二と春町が共同で『当世風俗通』という作品を出し、当時の若者の流行を面白おかしく紹介しました。

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・ヒット作の刊行
蔦重は、春町の才能を見出し、彼の作品を多く手掛けるようになります。

春町の代表作である『金々先生栄花夢』は、蔦重の耕書堂(出版社)から刊行され、大ヒットを記録しました。

春町の作品は、蔦重の出版事業を大きく飛躍させる原動力となりました。

・共犯者としての活躍
鱗形屋という別の地本問屋が偽板(海賊版)の罪に問われ廃業に追い込まれた後、1782年(天明2年)頃から春町は耕書堂の本に署名入りで関わるようになり、二人はまさに時代の文化を牽引する「共犯者」とも言える存在となりました。

・寛政の改革と最期
しかし、寛政の改革による出版統制のさなか、春町は寛政の改革を風刺した『鸚鵡返文武二道』によって筆禍を招き、召喚に出頭せず、寛政元年(1789年)に死去しました。

この死については、自殺説も伝えられています。

このように、恋川春町は武士としての職務を全うしながらも、副業として戯作者、絵師、狂歌師として才能を発揮し、蔦屋重三郎という稀代のプロデューサーとの出会いによって、江戸の出版文化に大きな影響を与えました。