蔦屋重三郎の死因は、当時流行していた「脚気(かっけ)」であった可能性が高いとされています。
■蔦屋重三郎と脚気死因の推定
寛政12年(1800年)に50歳で亡くなった蔦屋重三郎の死因については、歴史的な記録や当時の状況から「脚気」が最も有力視されています。
・当時の脚気
江戸時代、特に江戸の町人階級や武士階級の間で脚気が大流行しました。
これは、精米技術の進歩により、ビタミンB1(チアミン)を豊富に含む米の糠(ぬか)層が徹底的に取り除かれた「白米」を主食とする食習慣が広まったためです。
・ビタミン欠乏
脚気は、まさにビタミンB1の欠乏症です。
当時の人々は、その原因が栄養の偏り、特に白米中心の食事にあることを知らず、原因不明の「流行り病」として恐れていました。
■脚気(ビタミンB1欠乏症)とは
脚気は、ビタミンB1(チアミン)の不足によって、主に神経系と循環器系に障害をきたす疾患です。
1. 神経系の症状末梢神経障害
手足のしびれ、感覚異常、筋力の低下などが起こります。
進行すると歩行が困難になります。
2. 循環器系の症状
・心不全(脚気心)
重症化すると、心臓の機能が低下し(高拍出性心不全)、動悸、息切れ、全身のむくみ(浮腫)、そして最終的には心停止に至ります。
蔦屋重三郎のように死亡に至ったのは、この重度の心不全(心臓脚気)が原因と考えられます。
■現代における脚気
現代の日本のような食生活が豊かな国では、脚気は極めて稀な病気となっていますが、完全にゼロではありません。
1. 稀な原因極端な偏食やダイエット
厳格すぎる食事制限や、インスタント食品、清涼飲料水などに偏った食事を続けることで、ビタミンB1の摂取量が不足することがあります。
・アルコール多飲
アルコールを大量に摂取すると、ビタミンB1の吸収が妨げられたり、アルコール代謝のためにB1が大量に消費されたりするため、アルコール依存症の患者さんなどに発症することがあります(特にウェルニッケ・コルサコフ症候群という重篤な脳障害)。
・特定の疾患
消化器系の手術後や、慢性的な下痢などによりビタミンB1の吸収が低下する場合。
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2. 現代の対応治療と予防
現代では、脚気がビタミンB1の欠乏症であることが科学的に解明されています。
・治療
症状に応じて、内服または点滴で高用量のビタミンB1を投与することで、劇的に改善が見られます。
・予防
玄米や胚芽米、豚肉、豆類、ナッツ類など、ビタミンB1を多く含む食品をバランスよく摂取することで、容易に予防できます。
■まとめ
蔦屋重三郎が亡くなった当時の「脚気」は、ビタミン欠乏症(ビタミンB1欠乏症)が原因であり、特に白米を主食とする江戸の都市生活者の間で命を落とす恐ろしい病でした。
現代ではその原因が解明され、治療法(ビタミンB1の補充)が確立しているため、適切な栄養摂取をしていれば恐れる必要はほとんどありません。

