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鳥山明 エピソード

漫画家の鳥山明さんは、2024年3月1日に急性硬膜下血腫で亡くなられました。

68歳でした。

鳥山明さんの訃報は、漫画界はもちろん、世界中のファンにとって大きな悲しみとなりました。

彼の作品は多くの人々に影響を与え、愛され続けています。

彼の功績と記憶は、これからも長く語り継がれることでしょう。

ご冥福をお祈りいたします…

急性硬膜下血腫 症状
急性硬膜下血腫は、頭部外傷や血管の破裂などが原因で硬膜下(脳と頭蓋骨の間の膜の下)に血液がたまる状態を指します…

◎漫画家になったきっかけ
鳥山明さんには多くの面白いエピソードがありますが、特に有名なのは彼が漫画家になったきっかけです。

高校卒業後、デザイン会社に就職した鳥山さんは、主に文字デザインを担当していましたが、その仕事に嫌気がさし、遅刻癖もあって2年半で退職しました。

その後、喫茶店で偶然手に取った少年マガジンで「新人作品募集・賞金50万円」という記事を見つけ、遊ぶ金に困っていた彼は賞金欲しさに漫画を描き始めたのです。

実はタバコ代が欲しかったというのが新人賞に応募した一番の動機だったそうです。

◎ドラゴンボールの大ヒット
そして、23歳で初めて漫画を描いたにも関わらず、その後驚異的なスピードで人気作を生み出していきました。

また、ドラゴンボールの連載終了が難しい状況になったエピソードも興味深いです。

ドラゴンボールの大ヒットにより、関連商品や企業が増え、連載が経済に与える影響も拡大しました。

そのため、鳥山さんだけでは連載終了を決定できず、関係各社の会議を経てようやく終了に至ったとか。

鳥山さんの作品がどれほど社会に影響を与えたかがわかるエピソードです。

◎天才!?
他にも、鳥山さんがアシスタント経験なしでデビューしたこと、ドラゴンボールの市街地バトルシーンを避けるために岩場に移動させたり、敵が街ごと吹き飛ばす設定にしたりした理由が「市街地の細かい背景を描くのが大変だったから」という逸話もあります。

また、超サイヤ人の髪色が金色になったのは、黒髪のベタ塗りが面倒だったからという話も有名ですね…