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風間俊介演じる 鶴屋喜右衛門の生涯

大河ドラマ「べらぼう」で風間俊介さんが演じる鶴屋喜右衛門は、史実では江戸時代を代表する地本問屋(出版業と書店の両方を兼ねる)で、日本の出版文化に大きな影響を与えた人物です。

鶴屋喜右衛門の生涯について
・襲名制の屋号
「鶴屋喜右衛門」は個人の名前ではなく、何代にもわたって受け継がれてきた屋号です。

大河ドラマに登場するのは、蔦屋重三郎と同年代に活躍した初代がメインだと考えられています。

・創業と発展
寛永年間(1624~1644年)に京都で創業し、当初は絵草紙や浄瑠璃本を扱っていました。

江戸時代前期には京都で第一の本屋として名を馳せます。

・江戸への進出
万治年間(1658~1661年)には江戸にも進出し、日本橋通油町に店を構えました。

この江戸店は後に京都店から独立し、「仙鶴堂」(せんかくどう)という屋号で江戸出版界においても広く知られるようになりました。

・多岐にわたる出版活動
絵草紙や浄瑠璃本だけでなく、錦絵や合巻など幅広いジャンルの出版を手掛けました。

江戸中期には娯楽本が普及し、鶴屋喜右衛門のような地本問屋が成長しました。

江戸後期には、黄表紙や合巻、錦絵といった高度な技術と芸術性を備えた出版物が登場し、出版業界の発展に貢献しました。

・主な功績
3代目の鶴屋喜右衛門は、歌川豊国の挿絵を使った『絵本千本桜』を出版し、大ヒットさせました。

柳亭種彦作の『偐紫田舎源氏』や、歌川広重の『東海道五十三次』(保永堂とともに)などを刊行しています。

・生没年
何代も続いた屋号のため、明確な生没年は不明な部分が多いです。

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蔦屋重三郎との関係について
鶴屋喜右衛門は、蔦屋重三郎のライバルとして知られています。

同時代の有力な版元蔦屋重三郎が活躍した当時、鶴屋喜右衛門は江戸で有力な地本問屋のリーダー的存在であり、蔦屋と並び称される存在でした。

・競合と協業
蔦屋重三郎と同様に日本橋通油町に店を構え、山東京伝の黄表紙を競って出版するなど、競合関係にありました。

しかし、史実では、天明の末には蔦屋重三郎や山東京伝とともに日光へ旅行したり、山東京伝の煙草入れ店の開店資金集めの書画会で酒食の費用を拠出したりするなど、協力関係にあったことも記されています。

また、寛政期の一時期には、蔦屋と疎遠になった喜多川歌麿を迎え、美人画を刊行しています。

・ライバル意識
風間俊介さんは、鶴屋喜右衛門を演じるにあたり、「本音と建て前を愛している人。裏でどう思っているのか、想像しながら見てほしい」と語っており、「鶴屋には鶴屋の正義がある。自分たちの立場からすれば、許せないという信念もある。一方で、蔦重側からすれば憎たらしい存在になる。だから僕が笑えば笑うほど憎たらしいと思ってもらえるように演じている」と、蔦屋重三郎に対する鶴屋喜右衛門の複雑な感情を表現しているようです。

鶴屋喜右衛門は、蔦屋重三郎の才能は評価しつつも、吉原の人間が地本問屋の仲間に入ることを認めないという信念を持っていたと考えられます。