大河ドラマ「べらぼう」に登場する松前家が史実で「抜荷(ぬけに)」を行っていたのでしょうか?
結論から言うと、松前藩が「抜荷」、つまり密貿易に関与していた疑惑は史実として存在し、幕府から不信感を持たれる要因の一つとなっていました。
以下に詳しく解説します。
「抜荷」とは何か
まず「抜荷」とは、江戸時代において禁制を犯してひそかに行われる密貿易のことです。
特に、幕府の厳重な貿易統制下で、外国人(オランダ、中国など)との間で行われる不正な取引を指すことが多かったです。
松前藩と抜荷(密貿易)の史実
松前藩は、江戸時代を通じて蝦夷地(現在の北海道)におけるアイヌとの交易を独占的に支配していました。
しかし、その支配は度々問題視されることになります。
・独占的支配と利益
松前藩は、徳川家康から与えられた「黒印状」によってアイヌとの交易管理権を得て、蝦夷地の産物(毛皮、海産物など)を本州へ運び、和人の産物(米、酒、鉄製品など)を蝦夷地へ持ち込むことで莫大な利益を上げていました。
・場所請負制
18世紀に入ると、松前藩は藩主や藩士が交易船派遣の権利を日本商人に請け負わせる「場所請負制」を導入します。
これにより、松前藩の財政は、場所請負商人という大商人に大きく依存するようになりました。
・密貿易の疑惑
*松前藩は、幕府に報告せずにロシア人との接触を隠蔽したり、通商要求を拒否しながらも、実際には抜け荷への関与が疑われるなど、幕府に対する不信感が増幅するような行動が見られました。
*特に、ロシアの南下政策が活発化し、蝦夷地の重要性が高まる中で、松前藩が蝦夷地をきちんと統治しているのか、密貿易によって私腹を肥やしているのではないか、という疑念が幕府内部で持ち上がりました。
*実際に、田沼意次政権下では、蝦夷地の調査が行われ、その中で松前藩の密貿易の噂が浮上しています。
ドラマでも、田沼意次やその子の意知が松前藩の抜荷の証拠を探ろうとする動きが描かれているのは、このような史実に基づいています。
・幕府による直轄化
松前藩による支配体制の不備や密貿易の疑惑、そしてロシアの南下という国際情勢の変化を受けて、幕府は蝦夷地の直轄化(天領化)を進めることになります。
特に、文化4年(1807年)には、幕府は西蝦夷地を松前藩から取り上げ、松前家当主の松前道廣に対しては永蟄居(えいちっきょ)の処分を下しました。
これは、道廣の素行や藩の統治問題、そして密貿易への関与疑惑が背景にあったと考えられます。
まとめ
大河ドラマ「べらぼう」で松前家が「抜荷」を行っていたと描かれているのは、史実に基づいた描写であると言えます。
松前藩は蝦夷地支配の独占を通じて利益を上げていましたが、その過程で密貿易への関与が疑われ、幕府の不信感を招き、最終的には蝦夷地の直轄化という形でその支配権を失う一因となりました。

