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津田健次郎演じる滝沢瑣吉の生涯

ドラマ『べらぼう』に登場する滝沢瑣吉(たきざわ さきち)は、後の曲亭馬琴(きょくてい ばきん)として知られる人物です。

演じるのは津田健次郎さんです。

彼の生涯と、京伝や蔦重との関わりについて、詳しく説明します。

■出自と初期
1767年(明和4年)、江戸深川(現在の東京都江東区)で下級武士の家に生まれます。

1776年(安永5年)に滝沢家の家督を継ぎ、松平家の幼君に仕えますが、1780年(安永9年)に松平家を出奔し、その後、戸田家に仕官します。

1784年(天明4年)には放蕩の末、梅毒に罹患し、一時的に医者へ奉公します。

1788年(天明8年)に医者の奉公を辞め、浪人となりました。

彼は由緒ある武家の出身であることを誇りとしていました。

■京伝への弟子入りと戯作の開始
1790年(寛政2年)に山東京伝(さんとう きょうでん)(古川雄大さん演じる北尾政演)へ弟子入りし、戯作の道を歩み始めます。

1791年(寛政3年)には黄表紙『尽用而二分狂言』を刊行しています。

■蔦重との出会いと町人への転身
1792年(寛政4年)、山東京伝の仲介で、地本問屋「耕書堂」の主人である蔦屋重三郎宅へ寄宿します。

ドラマ内では、蔦重が身上半減の刑を受けた後、京伝を訪ねた際に、京伝の妻・菊から瑣吉の面倒を見てほしいと託され、蔦重は彼を手代扱いで店に置きます。

蔦重に見込まれ手代となった瑣吉は、誇りに思っていた武士の身分と名を捨て、通称を瑣吉、町人となります。

これは武士が商人に仕えることを恥じたためとされます。

■作家としての活躍
耕書堂に手代として勤める傍ら、戯作者として黄表紙の執筆を始めます。

蔦重は彼の才能を競わせようと、同じく店にいた勝川春章の弟子・勝川春朗(かつかわ しゅんろう)(後の葛飾北斎、くっきー!さん)とコンビを組ませようとしますが、瑣吉は春朗と喧嘩になります。

1793年(寛政5年)、蔦重や京伝の勧めもあり、商家の娘(履物屋「伊勢屋」の未亡人、会田百)と結婚し、婿入りの形で町人の身分を確立します。

1796年(寛政8年)、蔦屋耕書堂から読本『高尾船字文(たかおせんじもん)』を出版し、これが彼の出世作となりました。

1797年(寛政9年)に蔦屋重三郎が亡くなった後も、瑣吉の活躍は本格化します。

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■代表作『南総里見八犬伝』の完成
1814年(文化11年)に読本『南総里見八犬伝』の初編を刊行。

1840年(天保11年)には失明してしまいますが、義理の娘「お路」(おみち)の口述筆記により執筆を継続します。

28年もの歳月を費やし、1842年(天保13年)に『南総里見八犬伝』の最終巻を完成させました。

この作品は爆発的なヒットとなり、彼の愛読者は近代にまで及びます。

彼は戯作のみで生計を立てた、日本で初めての小説家といわれています。

1848年(嘉永元年)に81歳で死去するまで執筆を続けました。