第3話では、物語が一気にクライマックスへ向かいます。
リリ(スリ・リン)は拘束から解放され、地球帰還計画の秘密を火星住民に暴露する。
その内容に激昂した住民たちは混乱状態に陥り、リリはこの恐ろしい計画の首謀者が母タキマ(宮沢りえ)ではないかと疑い始める。
一方、ISDAは警察や軍を総動員し、謎の“物体”を確保しようと動く。
カワナベ(吉岡秀隆)たちはアオト(菅田将暉)の協力を得て、物体の驚くべき機能を発見し、その力を使って事態の収拾を図ろうとする。
混乱の中で、火星と地球をめぐる複雑な思惑、そして登場人物たちの関係に絡み合っていた真実が次々と明らかになっていく。
■全体のテーマの骨格
第3話のエンディングは、ざっくり言えば「火星 vs 地球の対立」と「未知の物体」の物語を通して、最終的に《人間同士の関係と選択》に回収していく構造になっています。
作品全体が、火星コロニーと地球本国の権力関係・搾取構造
光速を超える情報伝達=スピラミンの特性と、その利用をめぐる思惑
その中に閉じ込められた個人(リリ、アオト、タキマたち)の感情と選択を描いてきたので、ラストは「宇宙規模の設定」よりも誰が何を選び、どう責任を引き受けるかにフォーカスする着地になっています。
〇テーマ1:災厄か希望か、二者択一を超える「物体」
序盤から「物体」は、人類にとって希望なのか、災厄なのか、誰の所有物なのか、誰が制御すべきなのかという形で語られてきました。
エンディングでは、
それを単なる「武器」「資源」「道具」とみなす視線(ISDA・軍・国家)
そこに自分たちの生存や尊厳の最後の拠り所を見ようとする視線(火星住民)
さらに、それを「誰のものでもなく、人類の関係性を変える媒介」と見ようとする視線(リリたち)がぶつかり合い、
その結果として、物体そのものが「善か悪か」ではなく、それをどう“使う”/どう“共存する”と決めるかが倫理の本体というメッセージに収束していきます。
つまり、テクノロジーや未知の力は、それ自体が救済でも破滅でもないという、かなり現代的なSF倫理のテーマが、エンディングで明確になります。
〇テーマ2:火星と地球 ― 植民地と宗主国の関係の再定義
元々、火星社会は、地球主導のISDAに管理されるコロニー、レアメタル採掘・資源供給のために作られた場。
採算割れしたとたん「地球帰還計画」と称して投げ捨てられそうになる人々という、きわめて「植民地的」な構図に置かれていました。
エンディングで描かれるのは、
地球側の論理(採算・安全保障・情報独占)
火星側の論理(ここで生まれた世代のアイデンティティ、居場所としての火星)
それをつなぐ/断ち切る“物体”とスピラミンの力がぶつかった末に、
火星と地球を「一方が他方を支配する」関係ではなく、
互いの選択とリスクを自覚したうえで、つながり方を選び直す関係へ向かおうとする兆しです。
ここで重要なのは、「完全なハッピーエンド」ではないが、「一方的な破滅」でもないというグラデーションです。
対立構図を維持したまま、それでも一部の登場人物が、暴力的な解決を避ける方向に舵を切る。
この「中途半端さ」が、逆に今の国際政治や資源問題のリアリティに近いと読むこともできます。
〇テーマ3:リリとタキマ ― 「母の計画」と「子の選択」
あなたが「エンディングの解釈」で一番引っかかっているのは、おそらくリリと母タキマの関係ではないでしょうか。
リリは、火星に生まれた「次世代」の象徴
タキマは、地球と火星の間で揺れながら、大人の論理=計画と損得で動いてきた世代。
エンディング近くで、
リリは「地球帰還計画」や“物体”をめぐる真相に触れ、母の計画=大人の世界の論理に正面から向き合わざるを得なくなる。
そこで彼女が選ぶのは、「母の計画を全面否定する」でも、「従順に受け入れる」でもない、第3の態度です。
ここには、親世代の罪や過ち、打算を知りながら、それでも「自分の責任で選び直す」子どもの物語というテーマが強く流れています。
要するに、母=計画・管理・安全の論理、
娘=リスクを引き受けても、自分で意味を選び直す論理の対立であり和解であり、
ラストは「完全な和解」というより、お互いの“どうしようもなさ”を知った上で、それでも見捨てず、なお関わり続けようとする関係として描かれている、という読み方ができます。
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〇テーマ4:「女王」とは誰か/何か
タイトルの「火星の女王」は、単純に「リリ=女王」と読むと少し足りなくて、
“物体”そのもの、火星という世界の「中心」に立たされるリリ、
物体と人間(特にリリ)の結びつき(スピラミンを介した同調・同期のイメージ)を含めた、多層的な「女王」だと読むと、エンディングの意味が深まります。
ラスト付近で暗示されるのは、「火星の女王」とは、単に権力を持つ支配者ではなく、火星と地球、人間と“物体”、過去と未来を媒介する存在というニュアンスです。
エンディングで、リリが「誰の側に立つか」ではなく、「何をつなぎ、何を手放すか」で自分の位置を決める。
その結果、「女王」とは王座に座る者ではなく、リスクを引き受けて“間に立ち続ける”者として描かれるという構図になっています。
ここには、「リーダーとは支配者ではなく、関係性の矛盾を自分の身に引き受ける役割だ」という、かなり渋い政治哲学的なテーマも読み取れます。
〇テーマ5:情報と記憶 ― 光速を超えるのは何か
原作の中核テーマが「光速を超える情報伝達」=スピラミンであり、ドラマでも「距離を超えて同時に状態が変わる」現象として描かれています。
エンディングで強調されるのは、距離を超えて届くのは、単なる「情報」ではなく、記憶・約束・感情といった、人間同士の“意味”の共有である、という点です。
リリとアオトのあいだの約束、火星に残る/地球へ行く、という選択をめぐる迷い、タキマを含む大人たちの「後悔」や「取り返しのつかなさ」
これらが、スピラミン=即時性を持つつながり
“物体”=その媒介となる巨大な装置/存在と重ね合わされることで、
テクノロジーが加速させているのは、人間同士の誤解と悲劇だけではなく、それを越えようとする意志でもあるという、二重の意味が浮かび上がります。
もし「自分ごととして読む」とどうなるか?
このエンディングは、合理性・計画・リスク管理(タキマ側)
現場の実存・アイデンティティ・居場所(火星世代)
それらの間に立つ媒介者としての個人(リリ、アオト)
という三角形の中で、
「誰も完全には正しくないし、誰も完全には悪くない。それでも、誰かが“間に立つ”役をやらないと、世界は壊れる」
というメッセージを提示しています。
職場や社会の構造をメタに観察しているあなたにとっては、
この「間に立つ者としてのリリ/『女王』像」を、自分の今後の立ち位置、リスクをとってでも守りたい価値、どこまで“大人の合理性”を引き受けるかを考えるための象徴として読むこともできるはずです。

