筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動ニューロンの変性により筋肉が徐々に衰えていく難病です。
初期症状は個人差がありますが、一般的には以下のようなものが挙げられます。
1.手足の筋力低下
片手や片足の力が入りにくくなったり、物を落とすことが多くなるなどの症状があらわれます。
2.言語障害
発声や構音が困難になり、言葉が次第にくっきりとしなくなります。
3.筋肉のこわばり
手足の筋肉が硬くこわばる症状(筋緊張亢進)が出る場合があります。
4.筋けいれん
手足の筋肉が突然硬直するけいれん発作が起こることがあります。
5.歩行障害
足腰の筋力が低下し、つまずきやすくなったり、歩行が困難になります。
6.嚥下障害
食べ物や飲み物を飲み込みにくくなる症状が出てきます。
※初期では上記のような軽度の症状からはじまりますが、徐々に筋肉の麻痺が進行していきます。
このため、早期発見と的確な診断が重要となります。
気づいた際にはすぐに医師に相談することがすすめられています。
筋萎縮性側索硬化症 原因
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因については、完全には解明されていませんが、以下のような要因が指摘されています。
1.遺伝的要因
ALS患者の約10%は家族性ALSで、特定の遺伝子変異が原因とされています。
最も有名なのがSOD1遺伝子の変異です。
2.酸化ストレス
活性酸素種の増加により、神経細胞が損傷を受けることが原因の一つと考えられています。
3.グルタミン酸の調節異常
主要な興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸が過剰に作用し、神経細胞が傷害を受けることが関与していると指摘されています。
4.異常たんぱく質の蓄積
運動ニューロン内に異常たんぱく質が蓄積し、細胞の機能不全を引き起こすことが原因の可能性があります。
5.免疫異常
自己免疫的機序により、運動ニューロンが攻撃を受けているのではないかと考えられています。
6.環境的要因
一部の化学物質への長期暴露や、細菌、ウイルス感染などの環境的要因も原因になり得ると指摘されています。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症リスクを高める可能性がある化学物質としては、以下のようなものが指摘されています。
1.農薬
・有機リン系農薬
・除草剤
2.重金属
・鉛
・水銀
・マンガン
3.溶剤
・ベンゼン
・トルエン
・キシレン
4.その他
・電磁波
・β-N-メチルアミノ-L-アラニン(BMAA:シアノバクテリアが産生する神経毒素)
・粉塵(珪酸、アスベストなど)
※特に農薬や溶剤、重金属などの化学物質への長期間の職業的ばく露が危険因子とされています。
米国ベテランを対象とした研究では、有機リン系農薬やヘルビサイドの曝露がALSリスクを高めることが報告されています。
ただし、これらの化学物質がALSの直接の原因となっているのか、病態に関与しているのかは不明な点が多く、さらなる研究が必要とされています。
環境因子とALSの関連を特定するのは容易ではありません。
※このように多くの要因が複合的に関与していると考えられていますが、発症メカニズムの完全な解明にはまだ課題が残されています。
筋萎縮性側索硬化症 治療
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の根本的な治療法は未だ確立されていませんが、症状を緩和し、進行を遅らせる対症療法が行われています。
主な治療法は以下の通りです。
1.薬物療法
・リルテック(リルゾール)
現在唯一承認されているALS治療薬で、ある程度病気の進行を遅らせる効果があります。
・エダラボン
ラジカル除去作用を持つ薬剤で、一部の症例で有効との報告があります。
・新薬情報
新薬のトフェルセンは、現在開発中の筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬の一つです。
トフェルセンは、核酸医薬品の一種で、アンチセンス核酸技術を用いた画期的な薬剤です。
SOD1遺伝子の異常タンパク質の産生を抑制することで、ALS発症の遅延や症状の進行抑制を目指しています。
その作用機序は以下の通りです。
*SOD1遺伝子による異常タンパク質の産生を、mRNAレベルで特異的に阻害する。
*これにより、有害な異常SOD1タンパク質の蓄積を防ぐ。
*運動ニューロンの変性、死を抑制し、ALSの発症や進行を遅らせる。
トフェルセンは、遺伝性ALSの約20%を占める家族性SOD1型ALSに対する根治療法となる可能性があります。
これまでの臨床試験で一定の有効性と安全性が確認されており、2023年4月に米国FDAにて承認されました。
ただし、スポラディック型ALSへの適応拡大や、さらなる効果の向上など、課題も残されています。
ALSの新たな治療選択肢となる期待が高まる一方で、引き続き注目が集まる治療薬です。
日本では未承認の薬のため、早期承認を求める活動が始まりました。
2.人工呼吸療法
呼吸筋の麻痺に伴う呼吸不全に対し、気管切開による人工呼吸器が使用されます。
3.経管栄養
嚥下障害に伴う栄養障害を防ぐため、胃ろうや経鼻経管栄養が行われます。
4.理学療法、リハビリ
残存機能の維持、合併症予防のためのストレッチや運動療法が行われます。
5.対症療法
筋肉けいれん、燕下困難、疼痛、便秘、筋萎縮に対する薬物治療が行われます。
6.その他
最近では、ステムセル療法や遺伝子治療なども研究が進んでいます。
ステムセル療法とは、体細胞などから作り出した多能性幹細胞(iPS細胞など)や組織幹細胞を、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者に移植することで、変性した運動ニューロンの修復や新しい運動ニューロンの産生を目指す治療法です。
具体的には、以下のようなアプローチが研究されています。
・iPS細胞や神経堤細胞から運動ニューロンを分化誘導し、移植する。
・骨髄や脂肪組織由来の間葉系幹細胞を投与し、神経保護効果を期待する。
・患者自身の皮膚細胞から作ったiPS細胞を遺伝子編集で修正後、運動ニューロンに分化させ、移植する。
ステムセル療法は、変性した運動ニューロンを修復、再生させる根本的な治療法になると期待されています。
ただし、実用化に向けてはさまざまな課題が残されており、安全性や効果の確認、最適な投与法の確立などの研究が重要となります。
ALS根治のブレークスルーにつながる可能性を秘めた先端的な治療法ですが、現時点では研究段階にあり、さらなる基礎研究の積み重ねが必要不可欠です。
※ALSは症状が進行性であり、発症から2~5年で呼吸不全などにより命に危険が及ぶことから、呼吸管理をはじめとした綿密な全人的ケアが重要視されています。
根治療法の確立が待たれる中、支持療法の充実が課題となっています。
筋萎縮性側索硬化症 予防
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の確実な予防法は残念ながら確立されていません。
しかし、発症リスクを下げる可能性のある生活習慣があげられています。
1.バランスの取れた食生活
抗酸化物質が豊富な野菜や果物を積極的に摂取することで、酸化ストレスから神経細胞を保護する効果が期待できます。
2.適度な運動
過度の運動は避けるべきですが、適度な運動は神経細胞を活性化し、神経保護効果をもたらす可能性があります。
3.喫煙の回避
喫煙は神経変性のリスクを高めるため、禁煙することが推奨されます。
4.農薬や化学物質への曝露回避
一部の農薬や有機溶剤が発症リスク因子とされているため、職業上の曝露には注意が必要です。
5.ストレス対策
過度のストレスは神経細胞に悪影響を及ぼす可能性があるため、ストレス解消法を心がけましょう。
6.定期的な健康診断
早期発見が重要なため、40代以降は定期的な神経学的検査を受けることをお勧めします。
また、遺伝性ALSが疑われる場合は、遺伝子検査を受けることで発症リスクを把握できます。
※総じて、健康的な生活習慣を心がけることが発症リスクを下げる一助となると考えられています。
ただし、根本的な予防法の確立には、さらなる研究が必要不可欠です。
筋萎縮性側索硬化症 寿命
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は進行性の難病であり、発症後の平均余命は通常2-5年程度といわれています。
ただし、個人差が大きく、症状の進行速度によって寿命は大きく変わります。
一般的には、以下のような経過をたどります。
・発症初期は軽度の症状ですが、徐々に筋力低下や筋肉のこわばりが進行します。
・病期が進むと嚥下障害や呼吸筋麻痺などが現れ、栄養状態や呼吸状態が悪化します。
・最終的には呼吸不全に陥り、人工呼吸器を使用しない場合は数年以内に死に至ります。
一方で、呼吸ケアや栄養管理などの支持療法を受けることで、より長期間の生存が可能になる場合があります。
実際、人工呼吸器を使用している患者さんの中には、発症から10年以上経過している方もいます。
また近年、リルテックやエダラボンなどの薬物療法の進歩により、症状の進行を遅らせることができるようになってきました。
根治療法は未だ確立されていませんが、早期発見と適切な治療による生存期間の延長が期待されています。
※ただし、ALSは現時点で不治の病とされており、発症から経過する年数が長くなるほど、生活の質の維持が難しくなる傾向にあります。
その意味でも、新薬の開発など、更なる治療法の進歩が求められています。