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恋愛はめんどくさい?

いつの世も難解なのが人類の恋愛問題、2021年現在20代の4分の1がめんどくさいという。この難題を各分野の識者が掘り下げる。

<日本大学 文理学部 大澤助教>
計算が終わらないから

「自分が思いを寄せている人をご飯に誘う」
〇相手に好かれている。
・喜んでいるから行く

・予定があるから断る

△相手に嫌われている。
・気を遣って行く

・嫌がられて断る

両方の「行く」があって、一番知りたい相手の気持ちはどうなんだろう?結論がでない。計算が終わらない。

気心知れたカップルだと断られたとしても、無意識に嫌われている選択肢を外して考える。

相手の気持ちが分からない時は、枝切りが上手くできなくて、全部計算しようとして困ってしまう。

心の無限ループ
「相手が思っている自分の気持ち」
「相手が思っている自分が思っている相手の気持ち」

この計算をするからこそ人間が賢くなったのではないか。凄く大切ですごく大変な計算。

昔は例えば、「許嫁」などのように相手が決まっていて、この人と上手くやるためになどと絞って考えていた。

今は誰とつながっても誰と一緒にいても自由ということが多いので、逆に自分で考えなければならないので辛い、めんどうくさい。

ある意味恋愛は「組み合わせ最適化問題」を強制終了させるためのバイアス。70億人の中にどこかに最適な人がいるかもしれないけど出会えない。

目の前の人が最適だと思うバイアスをかけることで、強制終了させてパートナーとつながる。

<筑波大学 伊藤名誉教授>
孤独で悲しいから

「恋愛」は非常に新しい言葉、明治20年から30年位に、「LOVE」「LIEBE」「AMOUR」の翻訳語でできたといわれている。

日本で一番古い文献といわれている古事記や日本書紀の歌には殆ど「恋」という言葉はでてこない。

万葉集になると「恋」という言葉が無数に現れてきて、名詞だけでも500例は超えるという。

「ぬばたまの夢にはもとな相見れど直にあらねばこひ(孤悲)やまずけり」大伴家持

恋(孤悲)は、最初は一人の悲しみとして意識されていて、恋しい人から離れて一人悲しむ心の状態。

一人で苦しまなければならないから嫌でありめんどう。日本人の恋は消極的で受動的で激しいものがない側面があるのかもしれない。

20世紀半ばにエーリッヒフロムの「The Art of Loving」によると、愛は意志であり、約束であり、義務であるという。

<岐阜大学 応用生物科学部 岡本助教>
余裕があるから

昆虫や植物の「恋」は遺伝子を残すための繁殖行動。余裕があるのは人間の特徴のひとつ、

ダウソンビーは地面に穴を掘って巣を作る。オスは穴からメスが出てくるのを待っている。オスはメスをなめて未交尾の個体であるか確認する。

ダウソンビーのメスは一生に一度しか交尾をしない。体の表面にある化学物質を変化させてオスに伝えている。お互いとって非常に効率的。

恋愛がめんどうくさく感じるのは、人間がエネルギー的時間的にも余裕があって恋愛の目的が複雑になってくるから。

余裕があると計算に費やす時間が長くなってしまう。どんどん計算の方に没頭して、どんどん訳が分からなくなり疲れてしまう。

人間は本能が壊れた生き物、本能で生きられない悲しい存在なのかもしれない。

エネルギー的時間的にも余裕があるのだから、トライアンドエラーを繰り返して自分なりの最適解を見つけて、その過程を楽しんでしまえばいい。